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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)7号 判決

原告 株式会社 美津和運動用品店

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「昭和三一年抗告審判第二、七一三号事件につき、特許庁が、昭和三五年一月一一日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、請求棄却の判決を求めた。

原告訴訟代理人が請求の原因として陳述した要旨は次の通りである。

一、原告は、昭和三一年七月二六日、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号、以下同じ)第一五条第六一類傘、杖、履物及びその附属品を指定商品として、「タイガー」の文字をゴヂツク体で横書して成る商標の登録を出願したところ(昭和三一年商標登録願第二三三〇五号)、同年一一月三〇日拒絶査定をうけたので、同年一二月二七日抗告審判の請求をしたが(昭和三一年抗告審判第二七一三号)、昭和三五年一月一一日「請求人の請求は成立たない。」との審決があり、その審決書謄本は、同月二一日原告に送達された。

二、そして、右審決の理由は次の通りである。すなわち、審決は、登録第一〇三八四四号の商標を引用し、これと本願商標及びこの両商標の指定商品との関係を論じて、「両者(本願商標と引用商標)の構成は上述の通りであるから、これを外観上から見ると、前者(本願商標)は後者(引用商標)の類似範囲を脱する程度の差異を有するものとはいえるが、これを称呼上から見ると、引用の商標からは、その構成態様上、一応「トラカツドウ」の称呼が生ずるとしても、上記「虎」の図柄と「活動」の文字は、必ずしも一連不可分の構成になるものではないから、分離して、該図柄から、単に「トラ」の称呼を生ずるものといわなければならない。しかして、「虎」が英語における「TIGER」(タイガー)に相当するものであることは今日の英語普及度を以てすれば辞書をひもとくまでもなくこれを理解し得るところであることは経験則に照らして明かであるから、該商標からは前述の称呼の外に「タイガー」の称呼をも生ずるというを相当とする。して見れば、「タイガー」の称呼を有することの明かな本願商標とは称呼上類似の商標であるといわざるを得ない。

又、これを観念上から見ると、引用登録商標は、その構成に照らし、単に「虎」の観念をも生ずるものであるのに対し、本願商標の「タイガー」の文字が英語における「TIGER」に通ずるものであることは既述の通りであつて、これまた「虎」の観念を生ずることは極めて明白であるから、畢竟両者は「虎」の観念を共通にする類似の商標であること免れない。従つて、本願商標と引用登録商標とは、外観上においては相異点があるとしても、称呼上及び観念上において、取引上彼此混淆の虞が十分であり、かつ、その指定商品が抵触すること明かであるから結局本願商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号、以下同じ)第二条第一項第九号に該当し、その登録は拒否すべきものと認める。」旨判示した。

三、ところで、本願商標の構成及び指定商品は前記の通りであるが、引用商標は、大正八年六月七日に登録され、昭和一四年七月一〇日及び同三四年一二月一二日にその存続期間更新の登録がなされたものであるが、指定商品は、旧商標法施行規則第一五条第六一類靴底、靴敷、足袋靴、雪駄、鼻緒、爪掛その他他類に属せざる履物及びその附属品(但し靴を除く)で、その構成は、犬とも虎とも断定し得ないすなわち一般人に知られている特定の動物とは思考できない怪動物が、頭部を左、胴体を右にして正面に向つて立つている図形を描出し、該図形の下位に通常書体を以て「活動」の二字を特別顕著に縦書して成るものである。

そこで両商標を比較するに、

イ  両商標が外観上非類似であることは明かである。

ロ  本願商標から生ずる称呼は「タイガー」であることはいうまでもない。しかるに、引用商標は、前記の通りのものであるから、その図柄からは「カイドウブツ」、「ドウブツ」、「活動」の二文字からは「カツドウウ」の各称呼が生ずるのが自然である。

そして、「活動」の二文字は特別顕著に明記してあるので、この二文字を無視することは不可能であるから、図柄と二文字とは一連に称呼するのが経験則上妥当である。従つて、一連の称呼「カイドウブツカツドウ」あるいは「ドウブツカツドウ」を生ずるのが常識であり、最も正当である。そして、「タイガー」と「カイドウブツカツドウ」あるいは「ドウブツカツドウ」の両称呼を比較すれば、互いに非類似であることは明白である。

ハ  本願商標から生ずる観念は「タイガー」または「虎」以外にはない。一方、引用商標の構成は前述の通りのものであるから、「怪動物活動」または「動物活動」の観念を生ずるものである。故に本願商標から生ずる自然の観念と、引用商標から生ずるそれとは、全然類似性がない。

四、以上の次第で、本願商標と引用商標とは、外観、称呼及び観念のいずれから見ても類似性がない。本件審決が、両商標は称呼上及び観念上類似であるとしたのは、引用商標の図柄を「虎」と断定し、かつ、同商標の図柄と文字とを分離すべからざるものを分離して判断した結果であつて、失当である。よつて、本訴においてその取消を求める。

被告指定代理人が答弁として陳述した要旨は次の通りである。

一、原告主張一の事実は認める。

二、原告主張二の事実も認める。

三、原告主張の三に対しては次の通り主張する。

(一)、引用商標の構成が原告主張の通りであることは争わない。そして該商標の文字の部分からは「カツドウ」の称呼が生ずることはいうまでもないが、動物の図柄からはその全体にあらわされた斑紋は所謂虎斑と称するものであることは社会通念に照らして明かであり、該図形を目して「虎」と判断することは、幼児もこれをよくするところであるといえるから、引用商標の図形部分からは「トラ」の称呼を生ずることは疑いの余地がない。そして今日の英語普及の程度を以てすれば、「虎」の語が英語の「TIGER」を意味するものであることは、辞書をひもとくまでもないところである。従つて虎の図柄から「タイガー」の称呼も生ずることは経験則に徴して明かなところである。して見れば、引用商標はその全体の構成から、「トラ」印、「タイガー」印、「カツドウ」印、又は多少不自然ではあるが「トラカツドウ」印、「タイガーカツドウ」印等の称呼が生ずることは明かだといわざるを得ない、そして、迅速を重んずる商取引の実際からみれば、「トラ」、印「タイガー」印あるいは「カツドウ」印と称呼するのを自然とする。一方本願商標は「タイガー」の片仮名文字から成るものであるから「タイガー」の称呼においては両者は共通するところであるといわなければならぬ

原告は引用商標の図形は、特定の動物を現わしたものではなく「怪動物」と称するのが相当であるから「カイドウブツ」という称呼が生ずるものであると主張するが、それは甚だしい牽強附会である。

(二)、次に本願商標と引用商標との観念についての原告の主張もまた失当である。引用商標の図形から生ずる観念は「虎」であつて、それ以外の観念を生じ得ない。また図形の下部に現わされた「活動」の文字はこれを上部の図形と結合せしめて観念することは困難であるばかりでなく、かゝる結合は不自然であるから、結局引用商標から生ずる観念は、「虎」もしくは「活動」であると認めるのを至当とし、本願商標とは、「虎」なる観念を一にするものであると判断すべきである。原告の主張する「怪動物活動」「虎活動」の如き奇怪な表現は失当である。

四、以上の次第で原告の主張は失当であるから、原告の請求は棄却さるべきである。

証拠〈省略〉

理由

一、原告主張一、二の各事実は当事者間に争いがない。右争いのない事実と、成立に争いのない甲第二号証を綜合すれば、原告の本願商標は、旧商標法施行規則第一五条第六一類傘、杖、履物及びその附属品を指定商品とし、「タイガー」の文字をゴヂツク体で横書して成るものであり、本件審決が拒絶理由に引用している登録第一〇三八四四号の商標は、旧商標法施行規則第一五条第六一類靴底、靴敷、足袋靴、雪駄、鼻緒、爪掛その他他類に属しない履物及びその附属品(たゞし靴を除く)指定商品とし、いわゆる虎斑を有する四足の動物が、頭部を左に胴体を右にして横を向いて立ち、顔だけを正面に向けた図形の下に、「活動」の二字を毛筆で顕著に縦書して成るもの(別紙表示の引用商標参照)であることを認めることができる。

原告は、引用商標を構成する図形の動物は、犬とも虎とも断定し得ず、一般人の知識では、特定の動物とは思われない怪動物であると主張するが、右図形は、絵画としては拙劣であり、精確さを欠く嫌いはあるが、これを普通に見る限り、虎を現わしたものと解するのが相当である。

二、そこで本願商標と引用商標との称呼及び観念の類否についての争点に関して審究する。

引用商標は、前記のように、図形の部分と文字の部分とから成るが、その構成の全体から見て、右二つの部分のいずれに軽重がありともいい得ず、しかも両者は観念上関連性のないものであるから、取引者需要者において、この標章によつて商品を指定し認識する場合、商標の全体によつてこれをする場合もあることはもちろんであるが、右の図形の部分だけ、または文字の部分だけによつてこれをする場合もあることは、取引の実際における経験則に照し、容易に推知し得るところである。従つて、引用商標の図形の部分と文字の部分とは、ともに同商標のいわゆる要部を成すものというべく、そして、一個の商標に要部が二個以上ある場合には、その各要部がそれぞれ商標類否の判定に関する考察の対象となることはもちろんであるから、本件において、引用商標と本願商標との類否を判定するに当つて、前者の図形部分と本願商標との対照が問題になることは当然である。

そこで、引用商標の図形部分と本願商標とを対照するに、前者は「虎」の図形であるから、それから生ずる自然の称呼及び観念はともに「虎」であることは明かであり、後者は「虎」の意味の英語としてかなり広く一般に普及している言葉であるところの(このことは公知の事実である。)「タイガー」であるから、それから生ずる自然の称呼は「タイガー」または「虎」であり、観念は「虎」であると認めるのが相当である。

原告は、以上の認定と異り、引用商標は、その図形の部分と文字の部分とを一連に称呼するのが経験法則上妥当であるから、その自然の称呼は「カイドウブツカツドウ」または「ドウブツカツドウ」であり、その観念は「怪動物活動」又は「動物活動」であると主張し、図形の部分を独立した要部として対比検討することを不当であるが如く主張しているが(引用商標の図形を「怪動物」または単なる「動物」と観ることの不当であることは前段でも説明した。)、独自の見解であつて採用し難い。

三、以上の次第であるから、本願商標は引用商標と称呼観念が類似し、かつその指定商品においても類似するものであるから、旧商標法第二条第一項第九号に該当し、その登録は許されないものであるから、これと同旨に出た本件審決は適法であつて、原告の本訴請求は理由がない。

よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)

本件出願商標〈省略〉

引用の登録第103844号商標〈省略〉

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